【青山繁晴】国家の自主性と軍事同盟、言論の記録と職業の選択[桜H28/9/2]【文字起こし】

2016年09月04日(日)

Category: 青山繁晴ウォッチ

2016/09/02 に公開

独自且つ的確な視点と情勢分析による鋭い提言や価値ある情報発信において他の追随を許さない青山繁晴が、視聴者からの質問に答える形で、日本の現状と未来を展望していく『青山繁晴が答えて、答えて、答える!』。今回は、自衛隊と憲法改正にも関わる「同盟国」との外交や、武力行使に関する質問に答えると共に、青山の言論活動や、将来の職業に関する質問についても答えていきます。

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【青山繁晴】国家の自主性と軍事同盟、言論の記録と職業の選択[桜H28/9/2]

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動画サイト/https://www.youtube.com/watch?v=saaPsUF9dT4

皆さん、こんにちは、青山繁晴が答えて答えて答える。今回もよろしく、お願いします。

お分かりの通り、今日2本目です。

2本目でも、日付ちゃんと云わなきゃいけない。最近、日付、時々抜けて申し訳ないんですけど。ちょっとここに入れてくださっていると思うんですけど。

西暦でいえば、2016年、平成28年、私達の大切なオリジナルカレンダー、皇紀で申せば、2676年の8月22日、月曜日です。

それで、早速ご質問にいきたいと思います。

ペンネーム、アイ(i)さんですね。栃木県の男性方です。

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「ズバリ質問です。イラク戦争の時、日本が自衛隊じゃなく、国軍であったら、アメリカの侵攻を抑制することはできたと思いますか?、間違った戦争だと説得することができましたか?、もし国軍であったら、同盟国アメリカの戦争を他人事じゃなく、現実味をもって日本国内でも議論されるし、戦争とは何なのか?、国際平和維持活動PKOとは何なのかを、教育現場でも真剣に語ることができるのではないかと思いますが、どうでしょうか?」

という、質問なんですが、質問二つあるわけですけど。まずイラク戦争の時、思い出して頂くと、フランスとドイツが反対しました。だから、同盟国だったら、反対できないと云った小泉総理は全くの間違いです。小泉さんは趣味の脱原発をずっと云ってらっしゃいますが、イラク戦争の時の間違い、或いは闇について、全く語られないというのは、奇怪なことだと僕は思います。

自民党の議員だろうが、自民党の元総理を、別に民間人の時と同じようにお話しいたします。

その上でですね。話しを戻すと、アメリカの強固な同盟国の特にドイツ、そして、自立性を重んじるけれども、同盟国のフランス。両方とも反対で、特にドイツの反対が強かったですね。じぁドイツは日本と同じ相手に同じ戦争で負けたんですが、これ僕がいつも申している通り、自衛隊ですか?自衛隊、英語もセルフ・ディフェンス・フォースという極めて奇怪な英語。これあのう意味の分かる英米人はいませんが、こういう存在。

つまり戦車もいて、潜水艦もいて、イージス艦もいて、今ヘリ空母、護衛艦も上飛んでいるけど、実際ヘリ空母もいて、それでその国の憲法が、国の交戦権は、これを認めない。さらには、或いはその前に書いてあるのは、陸海空軍、だけじゃなくて、その他の戦力は、これは保持しないと。書いてある自衛隊の存在ってのは、世界にありません。全くありません。

話しを戻しますと、ドイツはドイツ連邦軍です。ドイツは連邦軍だけど、アメリカを説得できましたか?或いはフランスは、当然陸海空軍ですけど、説得できましたか?説得できてませんね。従って、アメリカを説得する、しないと、自衛隊が、国軍かどうかというのは関係ありません。

その上で、ペンネームアイ(i)さんの後半の問い掛け。もし国軍であったら、例えば同盟国の戦争を他人事じゃなく議論するし、PKOも本当は如何いうリスクがあって、本当は如何いう活動を期待されているっていうのが、教えられるんじゃないかというのは、全くその通りです。

例えば、PKOについて云いますと、国連の活動ですから、当然基になっているのは国連憲章であって、その国連憲章の一番大事な部分。例えば、空軍に待機部隊を持ちなさいと、国連加盟国は。それは地球上の何処で紛争が起きても、その紛争を口でいっても止まらないから、必ず武力で止めましょうと。口でいって止めようとした国際連盟が、第一次世界大戦の後の、全く力を持たなかったことを教訓として、つまり第二次世界大戦で亡くなった膨大な方々を、血であがなった教訓として、紛争を止めるのは武力しかないということを、はっきり謳ってるのが国連憲章です。

したがって加盟国は空軍に待機部隊を持ちなさいと。ところが日本では空軍すらないと。航空自衛隊しかなくて、しかも何とか航空給油機は入れたものの、遠く行っちゃいけません、ね。長距離爆撃機はもちろん持っちゃいけません。小野寺防衛大臣も長距離爆撃機は持つことはないと。国会答弁で当時明言されましたけど、これは国連の加盟国では失格だということです。

しかも国連憲章に、集団的自衛権と個別的自衛権、両方持つということが明記されてて、同時にこれは、実質上義務でもあるということです。日本では、国連は集団安全保障であって、集団的自衛権とは違うんだーッ、ね。だから集団的自衛権はけしからんと云っている。これ笑っちゃうんですけど。そのう東京大学を始めとして、京大だろうが、どこだろうが、そういう学者が、いっぱいいらっしゃる訳ですけれども。

そういう学者の中には参院選出た人もいたけど、新党作って、全く話題にもなんなかったけれども、しかし、学会内では未だに、そういう奇怪な行動があっても、大きな力を持ってらしてですね。これ国連の基本というのは、個別的自衛権だけを、各国が主張したら、当然これはぶつかり合うだけだから、どんどん実は戦争になりますと。そうじゃなくて集団で平和を保障するという考え方だから、国連の所謂集団安全保障も、各国それぞれの集団的自衛権も、両方とも尊重されなきゃいけない。

個別的自衛権と相まってなきゃいけないというのが、実は、ザ・ユナイテッド・ネーションズ。国連であって、国連憲章であって、その国連憲章に基づいて、ピース・キーピング・オペレーション。国際平和維持活動があるんだから、当然、私達自衛隊も行くんであれば、紛争の最中であっても、国連の決議があれば行かなきゃいけないし、そして武装して、その武力紛争を抑止しないといけないと。

いうのが当たり前であって、今の、それこそ小泉総理が仰った、自衛隊が行くなら非戦闘地域に決まっているじゃないかとか、ね。そういう話しも含めて、小泉さんだけが悪いって僕は話しをしているんじゃなくて、ピース・キーピング・オペレーションなのに、正当防衛しかできませんと。そのための最小限度の武装しかできませんと。

安保法制が通ったら、駆けつけ警護っていうのをやんなきゃいけないんじゃないかと、これもう危ないんだと。駆けつけ警護って、こんな奇妙な言葉を勝手に作らないでほしいとも思うんですけれども。要は一緒にPKOやっててですよ。国連から一緒に派遣されて、ここが危機に晒されたり、攻撃されている時に、私達の自衛隊は、見て見ぬ振りせよというのが、今までの、PKO協力法なんですから。

それは世界に対して貢献するために、或いは日本の、日本への信頼を高めるために、行っている筈のPKOが、日本人は、全く信用できないという話しをつくりに、違いがないじゃないですか。

これは僕は何時も、その東大でも、近畿大学でも教えている学生諸君に云っているんですが、国際関係論とか、外交論とか、高級そうに云う人を信じるなと。君達が学生生活で、友達関係がある、ね。それと恋人とか家族も含めた人間関係と何も変わるところはない。人間のやることだから。

だから例えば、友達二人で歩いていて、或いはもっと深刻なら恋人と二人で歩いていて、恋人が目の前で強姦されそうになったり、或いは友達が殴られたりしている時に、私は、これは参加しては、いけない事になってるって、こうしてたら、その彼はですね。その後、恋人や友達の信頼って取れ返すことができると思います?これ絶対できませんよね。

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そんなのは誰か考えても、別に東京大学の先生に考えていただかなくても、小学校のもう低学年でも、幼稚園でも分かりますよ。幼稚園のときの遊んでいるときの人間関係って、みんな結構覚えているでしょう?友達がボコボコにいじめられてて、ぼぼ・・僕はやっちゃいけないんだって、砂場とか、例えばね砂場ってよく紛争になるじゃないですか。逃げちゃった子供が、例えば覚えている友達がいて一緒に小学校にいたら、その子のこと信用してくれますか?

信用取り戻すには、一所懸命長い努力をした人も、この中にいらっしゃるじゃないですか?それを考えたら、もう一回いいますよ。同じ国連からPKOに行ってて、こっちが危機的状況になっているときに、この殊更駆けつけ警護という言葉がそもそも必要なんですか?

このPKO部隊を、しっかりお互いに護り合うと。それによって紛争を抑止して、そこで困っている、その当該地の人々を護ると。命を護る、安全を護る、手助けをするっていうのがPKOだということを、国軍になっていれば、学校で教えることができるから、何もかも実は変わっていきます。

海上自衛官になかなかお嫁さんが来ないっていう現実も変わる。日本海軍として、尖閣、竹島、北方領土で、どうやって領海を護り、海上保安庁と連携をして、漁民の方々が漁をできるように、どれ位護っているか分かっていれば、・・・あの夏の白い制服、ね。冬のネービーブルーの制服。あの格好良さで、お嫁さん、いっぱいいらっしゃいますよ。

だから国軍になるっていうのが、例えば自称リベラルの人達は、国連を大事と云うでしょう?そういう事のためにも、実はまともな国軍になるっていう事が必要ということは、正しくお聞きになっている通りです。

じゃ次の質問行きたいと思いますが。次はまあ、今船の話しも出たから、関係有るっちゃ関係有るんだけど。えっとIDC18番のわださんですね。18番ということは、とっても早期に入られたんですね。この、わださんがラジオ番組なども随分質問頂いたんで、ヤラセじゃないかといっているネットの話しもあるんですが、そんなこと僕達がすると思いますか?一体何のためにするんですか?もちろんわださんは熱心に自らいろんな質問されています。

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えー、わださんのご質問。「青山さんは、よく青山千春博士を、船乗りだから、次に来る波のことだけ考えている。と仰います。」つまり青山千春博士は、本当に過ぎ去った波のことを、過去の事って本当に見事に全く考えないですね。チャンネル桜の番組、中山恭子先生やすぎやまこういち先生の番組に、青山千春博士は時々参加いたしてますから、この番組もご存知の方、多いと思いますが。

えー、このわださんの質問に戻ると、「作家としての青山さんは、如何なんでしょうか?次に書こうとする作品のことだけを考えていますか?それとも例えば過去に書かれて雑誌に掲載された原稿を『救国』、」『救国』という本、一様出しましたが、「・・のようにきちんと本にまとめてみたいと思っていらっしゃいますか?ウィル(WiLL)に連載されている『澄哲録片片(ちょうてつろく・へんぺん)』は以前仰っていた、頭の引き出しの中に有るものを生きている内に外に出して置く、作業の一環のように思え。であれば、これら本の形にされないのかなあと思いました。」

ウィル(WiLL)に連載してて、そのウィル(WiLL)から、花田さん達が独立されて、今月刊(Hanada)になりまして、僕はその、花田さん独立の経緯というのは一切関わってないんで、そのまま自然に今月刊(Hanada)の方で続けているのが、この『澄哲録片片(ちょうてつろく・へんぺん)』という・・・

これあの、あえて分類したら、エッセイなんですよね。エッセイというのは、実は今までも書いていない訳じゃなくて、共同通信に居たこともあって、今例えば北國新聞(ほくこくしんぶん)というですね。歴史有る地方紙に、このエッセイを、ま連載というかあの、何人か執筆人いらっしゃるんで、時々書いてるんです。考えたら、今回も締め切り目前だった。(笑い)

だから、エッセイを書いていない訳じゃないんですけど、『澄哲録片片(ちょうてつろく・へんぺん)』は、確かに最も長いエッセイですよね。それをわださんは、流石正確に、頭の引出しの中に有るものを生きている内に、外に出して置くと。僕は死んで土に還って、そのまま無駄になってしまうって事はしないようにしたいと言うことを前に申したんですけど、これ僕が言うより前に、サーフィンショップで、例えばスリランカにサーフィンを普及される努力をされている鈴木さんっていう方が、「青山さんが、灰になっちゃう、土に還る前に、東の中のものをちゃんと出しなさい。」という、フフフッ(笑い)。メールや書き込みを何回か頂いて、いや書き込みを何回か頂いて、それで僕も口にしたんですけど。

確かに、エッセイというのは頭の中の引出しを、こう開けていく、という感じしますよね。で結論から云うと、これ本にします。それでウィル(WiLL)と今月刊(Hanada)の、これ別に云う予定じゃなかったんですけど、正直いうとこれ板挟みになっています。はい。それを本当は、ウィル(WiLL)と今月刊(Hanada)の間で解決してほしかったんですけれども。僕の方からも、何らかの手を僭越ですけど差し伸べて、解決していただいて本にしたいと考えています。

それはそう何ですけれども、このう、わださんの質問の前半部分についていうと、これも前に何度か云ったことがあるかも知れませんが、勝手に僕は、物書きは二種類だと考えてまして、自分の書いたものを、牛のように反芻される方。これあの、牛って言ったらこう、貶しているように思う人、いるんですが、そんな事は全くないです。

反芻する機能を持っているから、牛は牛なのであって、本当にあの、自分の読んだものを、実際にあの僕の目の前で読んでいる、何ていう物書きの方も実際にいらっしゃいましたけど。ちょっと珍しい光景ですよね。でも本当は、お家に帰って、自分の本をもう一度読まれる方っていらっしゃいますよね。

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反省して、反省して、次に繋げていくって方と、カタルシス、浄化作用。書く必要ないけど、多分こうですよね。浄化作用。カタルシスが起きてですね、引出しを開けて、ダーと、こうあの出して、前に書いた本、大体何を書いたか覚えてないという物書きと、二種類あると思うんですけど、僕は完全に後者の方です。

さらに僕には、信念があって、プロの物書きっていうのは、こう本を書きますよね。本が出来ましたと、見本がやって来ました。嬉しいですけど、実はまだ本じゃないんですよ。書いた僕が、こう読んでも本じゃなくて、全く僕じゃない人、別人。つまり読者が読んで頂いて、一人が読まれたら一冊本が出来たんですよ。

で三人読まれたら三冊本が出来たんですよ。というのは、己がプロとして意を尽くして書いた物ですけど、青山繁晴の頭の中身を、理解してくださいってつもりで僕は書いてないんですよ。自分のために書いてませんから。そういう作家も居られますよ。でも良い悪いじゃなくて僕は違う。

例えば、僕から出て来た物をきっかけにして、例えば井上さんだったら、井上さんに考えてほしいと思う。それは、文学でも、ノンフィクションでも、僕は変えてないんですよ。或いは文学の中にも、僕は、純文学とエンターテイメントとはっきりあると思ってますが、基本的に、やがては、間もなく、純文学、エンターテイメントの小説と、ノンフィクション、この3つを、議員をやりながらも、つまり寝ないで、・・・、最近ずっと徹夜なんですけど。

だから、兎に角それをやって、出して行こうと、生きている内に、思っているんですが、何れについてもですね、例えばエンターテイメントの小説、これから世に問うて行きますけど、それも、その読まれた方が読んで、例えば井上さんが読んだら、井上さんのフィルターを通して井上はこう思ったんだと、いうのが一冊の本なんですよね。

ですから、前に何を書いたかっていうのを僕が振り返ることがまずありません。しかし、雑誌に書かれた物を、一つの書籍にするっていうのは、前に書かれたのに拘るっていうのと別の話しなんです。これわださんの質問に答えていうと、これはカタルシス、浄化作用が起きていても、雑誌に載ったものを一つにまとめるっていうのは、実は読者の立場に立つと、これは本来必要なことです。

なぜかというと、雑誌って定期購読していらっしゃる方も勿論いらっしゃいます。ウィル(WiLL)も、今月刊(Hanada)も、定期購読者が大変増えてくださったそうですが、僕本当に嬉しいです。こういうのって本当に嬉しいんですよ。社会人になってからずっと辛いことばっかりですけど、こういうのは嬉しいですよね。僅かな喜びっていってもいいです。

でも定期購読してない人の方が、やっぱり多いですから、何かの理由で買ったり、買わなかったり当然されますよね。そうするとその間、抜けて普通ですよ。それを一冊の書籍にすると、貫いているものは、こうなんだと。一貫した流れを読者に受け取って頂けるんで、これは義務として本当はやらなきゃいけない。

出版社と話し合いさえつけば、なるべくなら、雑誌に載った原稿、例えば読売ウイークリーというのに以前、読売新聞社の週刊誌に載せてたこともあるんですけど、こういうのは、みんな以外かも知れないけれど、僕は自分の方から働き掛ける、自分の事について、殆んどしないですから。

選挙も出馬決意が、遅れて、遅れて、遅れて。昨日、ある人からですね、これあの学者さんから、選挙の分析っていうのを、受け取ったんですけど、早く出馬表明していれば、要するに百万票行ってんのに勿体ないって書いてあって、百万票を超えて良い格好することが、僕は目的じゃないから、何も後悔することはないと思ったけど、要するにこう自分がこうするっていうのは、以外でしょうが売り込まないし、積極的にやらないんで。出版社の側から、これを一冊にしたいっていわない限りは、やってこなかったです。

このウィル(WiLL)であれ、今月刊(Hanada)であれ、一冊にしたいと、仰ってて、その場合はですね、『救国』の場合は、PHPという会社なんですけど、いわれたら即やります。はい。断ることはまず有り得ないです。つまり前に書いたものが今と違ってて、都合が悪いということも、幸か不幸か僕には起きないので。

物書きとしては、この一冊にする作業は、僕は苦手です。なぜかというと、これはその浄化作用タイプなんで、自分が前に書いた物を、あまり読みたくないんですよね。読みたくないですけど、そのやっていると、苦しい、一番苦手な作業なんだけど、喜びもあって、プロとしての喜びもあって、平成という小説を、平成紀に書き直した時もそうですけど、まとめる時に、基の論調を絶対変えたりしませんけど、文章を練り直したりするんで、そうすると、こう灰を被ってた表現が、パッと出て来る瞬間は、実は無いわけじゃないです。

そういう、実は物書きとしての楽しみもありますから、今後とも雑誌に連載した原稿は、出版社からお話があれば、今後も自分から売り込むことはしませんけれど、本していこうと思っています。

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次の質問をいきたいと思うんですが、ペンネーム松川さん、15才。今回リオ五輪で、15才の伊藤選手が、銅メダルを獲得しましたけど、同じ15才ですね。ありがとうございます。

「青山繁晴さん、こんにちは。日々日本のために何ができるか考えさせて頂いている、大分市在住の高校1年生です。」高校1年だから云うけど、この考えさせて頂いているって言う、今の大人が使っている奇妙な日本語、止めようね。日本語として、実は正しくないですから。「何ができるか考えている。」それで万全です。

続けます。「僕も中学生の頃に、先生に間違った歴史認識を教わった内の一人です。僕はずっとそれが正しい歴史認識だと思い込んで来ました。しかしそれを変えてくださったのは、全て青山さんのお陰です。」まああの書かれているまま読みましたけど、全てってことはない。僕をきっかけに松川さん自身が考えたんであり、その時に例えば、この先生だって、中学の時の先生だって、反面教師になっているし、いろんなところから、実は単純ではない支えがあって、あなたの考えを変えることができたんだと思います。

質問の文章に、また戻ります。「本当に感謝しております。勝手ながら質問させて頂きます。」ここもね、勝手ながらは、まあ良いとして、勝手ながら、どうしても丁寧な敬語で言いたいんだったら、「質問いたします。」「させて頂きます。」というのは本当は、おかしな日本語です。「質問します。」でも良いけれども、敬語を使いたいのであれば、「質問いたします。」そうしてください。

「僕は将来、日本のために尽くすような事が出来る仕事に就きたいと思っています。」はい、良し。「しかし具体的にどのような職業が良いか分かりません。もし良いお考えがございましたら、教えてください。そして無駄も承知ですが、ご自愛ください。」フフフッ(笑い)「いつも陰ながら日本のために、脱私即的をなさっている青山さんを応援させて頂いております。」応援しています。で良いです。はい。

さあ、その上で、松川さんに、まず最初にお答えしたいのは、ちょっとあなたの質問から伺う、感覚的に懸念を持つのは、あえて云うと国会議員とか、それから国会議員の代表の総理大臣とか、人のためっていうふうに書いてなくて、日本のために尽くすと書いてあるから、例えば自衛官であったり、そういう仕事、ある意味選ばれた仕事があって、そうじゃない仕事は、日本にために尽くしてはいないという考えが、ちょっとバックにあるんじゃないかということを、チラリ僕は懸念しました。

それは違うということを考えてほしいんです。例えばここに机がありますよね。この机を一生涯掛けて作っている工場の方が居たり、或いは付加価値の高い机だったら、職人さんが居たり、付加価値が高くなくても、安く買える机を工場で作っているの人が、日本のために尽くしていないと思いますか?

それは違うんですよ。全てがあって、日本であって、この机を作ってくれる人が居なかったらどうしますか?じゃ外国から買えばいいって考え方もあるでしょうけれども、その考え自身が、実は日本のためにはなりません。したがって、選ばれた仕事が日本のために尽くす仕事だということを、まず考えを少し変えてもらって、その松川さんが、一番興味を、例えば持てて、出来れば、・・・今僕にそれを云う権利があまりない。実は僕は、一番やりたい仕事を、・・・これ本当は云いたくないとこだけど、一番後回しにして来たんですよ。

僕一番やりたいのは、小説書くことなんです。ね。一番やりたいからこそ、一番後回しにして、今こんな歳になっちゃって、ようやく平成紀を出した。ね。しかも平成って基になった小説を書いたときって十数年前で、直ぐ第2作を書いてくれっていわれたのを、直ぐ書いたんですよ。それ『灰猫』って小説ですけど。

それを一旦書いたのに、十数年間もまた置いてて、最近ようやく書き直して、そしてこれは、文芸春秋との不可解な経緯で宙に浮いてますけど、これを書き直すその十数年の間も、例えば、独立総合研究所を創立したり、そういう自分が本当は一番したい事とは違うことを、正しく松川さんが言われるように、日本のためになると思って、それをやって来た。ね。

でも本来は、僕はこの生き方をしたけれども、松川さんも、或いは僕の友達であったり、この番組の視聴者であったり、できればこの3人の、今目の前にいらっしゃる3人のスタッフ、それからそこの部屋の向こうに居る秘書人の方々にも、自分のやりたい仕事をまずやってほしい。はい。

僕は、こういうことを、自分の一番したい仕事を後回しにして来たけれども、本来はこれを先にやって、でその仕事は、どんな仕事でも、本当は日本のために尽くすことができる。でもその上でですよ。さっき言った懸念を払拭した上で、松川さんが、直接的に日本国の、例えば拉致被害者を取り返す事であったり、或いは憲法を替える事であったり、そういう事に取組みたいと思うならば、正しくこの仕事、この国会議員という仕事、それから国会議員の中から選ばれて総理大臣を為さるという仕事。それから実は、まともな事をやろうとしても裁判官がおかしな人だと、おかしな訴訟で国益に反する事が、たくさん罷り通ってますから。

そういう意味で裁判官になられたり、そういう意味で検事になられたり、そういう意味で弁護士になられたり、つまり公と言葉が付く、そういう仕事は、先程の懸念を払拭した上で申せば、一番端的に松川さんが、15才のあなたが、日本のためにと、言うことを、実感できる仕事であろうと思います。

あなたが、日本国のために、国のためにという意識を、この15才という若い世代が、言わば取り戻してくれる。日本は、・・・この議員会館の中に居て、僕本当にあの、見えないところで、階段上がったり下がったりして、他の議員のところに押しかけてもしているんですけど、世界の議会もある程度知っています。特にアメリカは良く知っていますけれど。

その中に、国家を否定する議員ってのは絶対に居ないです。或いは国を愛することを否定する議員が居るっていうのは、これはもう冗談にもならないというか、そのう、想像の外です、世界では。でもここにはたくさん居るんです。本会議場に行ってもたくさん居る。この現状を打破しようと思ったら、松川さんのように10代の時から、国のために尽くすという事を、考える事ができる世界ができれば、この仕事、国会議員にもチャレンジしてほしいなぁと思います。

今度はね松川さん、その自分が今どういう仕事に感心があるのか、具体的に更に書いてきてくれると、お答え、またできると思います。今回も時間がとっくに過ぎているようです。

皆さん、ありがとうございました。


※ 文字起こしも初めてで不慣れのため、上手く聞き取れず誤字脱字の場合は、生温かく見守って頂ければ幸いです。
あえて申せば、各媒体、青山繁晴さん本人の許可も取っていません。関係各位からのご指摘がありましたら、直ちに削除いたしますので、ご了承ください。



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